白神山地T 白神山地U

 白神に早春を告げる花、黄色のフクジュソウ、バッケ(ふきのとう)。ブナの林床には、芽吹く前に、早春の光を浴びて、白のキクザキイチゲ、ニリンソウ、赤のカタクリ、淡紅色のイワウチワなど、見事なお花畑が深山を彩る。北国にとって待ちに待った春は、ドラマチックな自然の息吹が展開される。  遠くに岩木山(1,625m)、手前にまだ芽吹いていない白い裸木と赤石川源流部を埋め尽くす新緑の海。深い谷の渓谷では、雪代で沸き返り、クマやカモシカ、サルたちも萌え出た草木を求めて走り回る。
 ブナの林床に群生するイワウチワ。まだブナの芽吹きが始まる前に、春の光を一杯に浴びて咲き出す。大群落を形成し、落ち葉の林床をまるで桜の花を敷き詰めたように咲く。  渓谷の両岸を彩るオオサクラソウの大群落。この花は、白神でも滅多に出会うことはないが、暗い沢一面に大群落を作る数少ない場面に出くわすと、その美わしさに時を忘れてしまうほどだ。
 早春の陽光に煌めく流れとニリンソウ  白神山地の可憐なカタクリ。花の色の濃さに注目。カタクリは、種から花が咲くまで7年以上もかかる。それだけに、その姿は長年耐え抜いた美しさに満ちている。
 清冽な流れ・・・岩にびっしり生えた苔は、水量が安定していることを物語る。やっぱり、ブナは゛緑のダム゛だと、つくづく思う。  白神の源流に咲く希少種・トガクシショウマ。シラネアオイの群落に一際目立つ天然盆栽のような大きな株は、さすがに白神の妖精と呼ぶにふさわしい。
 山の野菜、山菜。シドケ、アイコ、ミズ、ヤマワサビ、フキノトウ、アザミ、コゴミ、タラノメ、ホンナ、ウド、ギョウジャニンニク、ゼンマイ、ワラビ、タケノコなど、名前をあげたら切りがないほど種類も量も多い。昔から、春先に野菜が乏しい北国の人々にとっては、なくてはならない貴重な食料でもある。  川の最も上流で、冷たい水のきれいな清流に生息する天然イワナ。同じイワナでも、白神のイワナは魚影が濃いだけでなく、成長のスピードも早い。エサとなる川虫やブナの葉につくブナ虫など、エサも豊富だからである。天然イワナが生息するには、年間を通して水量も安定していることが絶対条件である。夏の渇水で水がなくなるような沢には生息しない。
 流れる水が毒ではなく、きれいかどうかを判断するには、イワナのエサとなる川虫がいるかどうかで簡単に見分けられる。白神の渓流は、この川虫もすこぶる多いのが特徴である。
 ミズバショウと同じく湿った沢筋に咲くリュウキンカ。花も葉も一際大きい花で、色は黄金色、漢字で「立金花」と書く。ミズバショウの群落に一緒に咲く場合も多く、ともにデカイ花だから、すぐに見つけることができる。  秋になると、黄葉したブナの森は風倒木や腐葉土に様々なキノコが顔を出す。どれもが自然の芸術品だ。世界最大級のブナ原生林は、山の幸も世界最大級と言えるだろう。
▲大川フキアゲの滝と自然堰止湖(2001年10月撮影)・・・現在、この自然堰止湖は、完全に消滅している。 ▲清冽なナメ滝と天然ナメコの美(大川支流大滝又沢)
▲津軽の箱・タカヘグリ
 フキアゲの滝を左に曲がると、大川最大の難所・タカヘグリのゴルジュ帯となる。昔からタカヘグリは、切り立った断崖、絶壁が連なり、マタギでさえ近づけない「不入の門」「津軽の箱」と言われていた。「津軽の箱」と呼んだのは、秋田マタギだという。「津軽の箱」に獲物が逃げ込むと、マタギは雪崩の危険を感じて深追いするのを諦めたと言われている。
▲津梅川支流大又沢の大滝20m・・・小滝と大釜が連続する大又沢を右に左に遡行すると、左から滝となって赤滝の沢が合流する。ここからほどなく谷は狭くなり、その奥に豪快に落下する大滝が目の前に現れる。 ▲カネヤマ沢20m大滝・・・夏には、伏流となる急階段のゴーロを上りきると、流れは穏やかとなる。ほどなく、遥か頭上から一直線に落下する大滝が現れる。時に、滝の飛沫に虹橋が架かると、その美はクライマックスに達する。
▲大川魚止めの脇の滝・・・このすぐ奥のヨドメの滝は、瀑風がもの凄く、近づくことすら拒否されているような滝だが、この滝は、思いっきり近付いて、聖なる飛沫を頭から浴びて「滝の洗礼」を受けたくなるような女性的な滝である。 ▲滝川・原始庭園・・・ブナの原生林に包まれた滝川。奥のやや左に傾いた巨大な岩頭に、ブナが教本生えている。右手に居座る岩には、苔やダンモンジソウの緑がびっしり。その間を縫うように透明な流れは、深緑を映し出しゆっくりと流れ続けている。心が洗われるような景観は素晴らしい。
▲赤石川ヨドメの滝上流部
 晩秋、大量の落葉が渓流に降り注ぐ。その落葉を食べて川虫が育つ。その川虫を狙って水中ではイワナ、陸上ではカワガラス、シノリガモが飛び交う。初夏からブナの若葉を食べるブナ虫や避暑地を求めて赤とんぼの大群がやってくる。

 風が吹けば、ブナ虫が流れに落下する。それをイワナは口から溢れんばかりに食べる。そのイワナを狙って、ヤマセミが流れに突っ込む。水中では、川ネズミがイワナの稚魚を狙って泳ぎ回る。その川ネズミを大イワナが鋭い歯と大きな口で丸呑みにする・・・見事な命の循環のドラマが繰り返される。

 こうした命の循環のドラマが日本独自の自然観を育み、「輪廻転生」の思想も生まれたと思う。この母なる森と水の美は、日本人の自然観を生んだ原風景とも言えるだろう。

白神山地T 白神山地U