山の神が宿る森吉山(1,454m)と戸鳥内棚田は、マタギの里・阿仁を代表する文化的な景観である。小説「邂逅の森」(熊谷達也)は、大正から昭和の初め頃、秋田県阿仁町打当のマタギ・松橋富治の生涯を描いた長編小説である。この作品は、2004年、山本周五郎賞&直木賞を受賞した。以来、「マタギの本家」と呼ばれ続けた阿仁は、「邂逅の森のふるさと」とも呼ばれるようになった。その代表的なモデルコースを紹介する。
モデルコース(内陸縦貫鉄道+車+徒歩)

 あにマタギ駅(秋田内陸縦貫鉄道)戸鳥内棚田散策打当山神社マタギの里熊牧場マタギ神社(岩井ノ又沢)(車30分)駐車場(徒歩45分)日本の滝100選「安の滝」(中ノ又沢)マタギの湯(打当温泉)・マタギ資料館

※概略位置は上図(カシミール3Dで作成)参照

 道の駅あに(比立内)比立内山神社根子トンネル根子集落散策マタギナガサ・西根打刃物製作所(荒瀬)

※概略位置図は左図を参照
▲出発地点 阿仁マタギ駅

戸鳥内棚田散策
 残雪の森吉山(左上)と水を湛えた戸鳥内棚田・・・戸鳥内棚田は、森吉山麓にある阿仁戸鳥内集落の北側に位置し、県道から山側に向かって急坂の過疎基幹農道を上った標高320m前後に広がる階段状の棚田である。

 棚田の面積は24.3ha。水は、6.5kmも離れた森吉山中腹の清流を引き、維持管理作業は全て人力で行われている。隠し田のような山麓沿いの棚田、ブナの森から湧き出す清流、寒暖の差が大きい恵まれた自然環境が美味しい米を育てる。「ここの棚田米は美味い」と評価も高い。
▲あにマタギ駅、戸鳥内棚田、打当周辺詳細MAP(カシミール3Dで作成)
▲左の舗装された農道が戸鳥内棚田のメイン道路。 ▲メイン農道沿いの杉林から棚田を望む
 農作業の邪魔にならない標高約350m地点の高台付近に車を止め、耕作道を散策することをオススメしたい。左写真の耕作道を歩き、そのほぼ中間地点で北側方向を望むと、マタギが「神の山」と崇める森吉山と棚田の絶景(右写真)を拝むことができる。

▽神の山・森吉山とマタギ言葉
「山神様は、それはそれは美しい女神様だども、気がたけだけしい。夏の間は田畑の神様で里さ降りでおじゃるが、冬になるど神聖な山さ入られる。そうすっと、けがれだ里のごどは一切お嫌いになるので、里の言葉は使わんね」・・・だから昔のマタギは山に入ると、里言葉は禁止され、仲間だけに通用するマタギ言葉を使った。
 先人の汗が土に刻まれた歴史的風景。人の手が行き届いた棚田の風景は、とてもあたたかく、心が和む。写真を撮るもよし、スケッチするもよし、俳句を詠むもよし。マタギの民俗文化に想いを馳せながら、棚田周辺を散策する旅は、「マタギのふるさとを歩く」入口にふさわしいと思う。
打当山神神社
▲マタギ神社(岩井ノ又沢)
 マタギの守り神、山神様を祀る阿仁打当の山神神社。阿仁町の代表的なマタギ集落は、根子、打当、比立内集落である。だから、少なくとも、この代表的な三つの集落の山神社を参拝することをオススメしたい。

 「邂逅の森」の主人公・松橋富治は、阿仁町打当マタギだったから、山に入る時は、この山神神社に参拝したのだろう。参拝は山に入る前日、お神酒をあげ、豊猟と無事を祈った後、お神酒をシカリから順番に飲み、シカリの家に帰って酒盛りをした。出発の日は夜明け前に起床、囲炉裏火に塩を入れ、火打石を打って身を清め、村はずれに勢ぞろいし山に入った。
マタギの里熊牧場
 阿仁マタギ駅より約2.5km、車で8分。途中、チェーンソーアートで作成した熊さんの標識(左写真)がある。また、道の途中には、特産「阿仁フキ」の転作畑(右写真)もある。
▲マタギの里熊牧場
 ツキノワグマ約100頭を放牧飼育している。ただし冬季は休館しているので注意(11月上旬~4月下旬 )。開館時間は、午前9時~午後4時。
▲熊のエサ(100円~200円)を投げると、立ち上がり手を叩いてねだるなど、熊の賢さと手の器用さに驚かされる。 ▲熊牧場のもう一つのビューポイントは、高台から神の山・森吉山をバックに、マタギに扮して記念撮影すること。
▲北秋田チェーンソーアートクラブ
 チェーンソー一つで、丸太を削り、阿仁マタギや熊などさまざまな形を創り上げるのがチェーンソーアート。その作品は、マタギの里の観光ポイント毎に展示されている。この作品も必見の価値有り。
日本の滝100選「安の滝」(中ノ又沢)
 森吉山系は、地形の悪いクラと美しい滝が多いのが特徴。奥阿仁に懸かる数多くの滝の中でも、最も人気の高いのが日本の滝100選「安の滝」である。アクセスは、国道105号線から打当温泉方面へ向かい、約12km進むと、安の滝の標識がある。そこから左折し、林道を約30分走ると安の滝遊歩道の起点駐車場に着く。右の写真は、駐車場向かいの安の滝公衆トイレ。
 中ノ又沢沿いの遊歩道は良く整備されているので、老若男女が渓流ウォーキングを楽しみながら歩くことができる。また、清流に泳ぐイワナも観察することができる。安の滝までは、のんびり歩いて約45分ほど。
▲日本の滝100選「安の滝」(中ノ又沢)・・・二段に落ちる滝を合わせて高さ約90m
 滝マニアも多く訪れ、三脚とスローシャッターで何度もシャッターを切る人たちも絶えない。切り立つ岩場、その遥か頭上から落下する飛瀑は美しく、訪れる人を魅了してやまない。さすが、奥阿仁随一の名瀑である。
▲上段の滝に近づき、マイナスイオンを全身に浴びる

▽安の滝悲恋伝説
 昔、阿仁町打当の金山に、美しいマタギの娘・ヤスが働いていた。ヤスは、いつしか久太郎という若者を恋い慕うようになり、人目を忍んで逢引を繰り返していた。しかし、その恋は人の知れるところとなり、恋は実らず、二人は離れ離れになってしまった。悲観したヤスは、久太郎の名を叫びながらこの滝に身を投げてしまった。不思議なことに、ヤスの身は滝壷に沈んだまま浮かび上がってくることはなかったという。それ以来、この滝を「ヤスの滝」と呼ぶようになった。今では、若い男女が恋の成就を祈願するため、安の滝を訪れるペアも少なくないという

マタギの湯(打当温泉)・マタギ資料館
▲マタギ資料館は、マタギの湯に併設されている。 ▲マタギの湯(打当温泉)の玄関
▲マタギ資料館
 狩猟を生業とした阿仁マタギの民俗文化を保存伝承する資料館。狩りの道具や衣装、記録写真など貴重な資料が数多く展示されている。阿仁マタギに関する基礎知識を得るには、最適の資料館である。

▽参考:
マタギの学校
 マタギの学校は、室内学校と野外学校の二つがある。屋内学校では、マタギ継承者が明かす「マタギ語り」やマタギ研究者による「マタギのお話」、「じゃんご料理」。野外学校は、マタギの里水先案内人と行く「阿仁の滝歩き」や山菜・キノコ採り、阿仁の川歩き、熊の痕跡探しなどがある。詳細は「マタギの学校」を検索。

道の駅あに(比立内)
 「道の駅あに」は国道105号線沿いの阿仁比立内地区の中心にあり、阿仁ならではの特産品「熊肉」や山菜、きのこ、マタタビ、馬肉の煮込み、山ぶどうアイスクリーム、山の幸加工品などが販売されている。右の写真は、直売所の水槽に、イワナとヤマメの交配種が展示され、1匹150円で売られていた。
▲タケノコとクマ肉の煮つけ ▲クマの内臓 ▲どぶろく「マタギの夢」
▽どぶろく「マタギの夢」
 第4回どぶろく研究会で「マタギの夢」が最優秀賞を受賞した逸品。森吉山系の清冽な湧水とあきたこまちで仕込んだ手作りのどぶろく。辛口だが、米の旨みを活かしたまろやかな味が特徴。

比立内山神社
▲比立内山神社(文化5年・1808年創立)・・・
 比立内川沿いの道を上流に向かって走り、右手の杉ノ沢林道入口付近にある。山神のことを打当、比立内のマタギは「ヤマノカミ」、根子のマタギは「サンジンサマ」と呼ぶ。

 山の神は、山の全てを支配している。だからその怒りを受けないように細心の注意を払う。山の神は、マタギに獲物を授けるだけでなく、遭難を未然に防ぎ、難儀している時は救ってくれる。だから、マタギは、山の神に守られていると信じ、山の神を心の拠り所としている。
▲比立内山神社・「山立ぢの儀式」の看板
 昔、東北地方のマタギには、青葉流、小玉流、重野流の三流派があった。比立内マタギは、重野流である。この看板には、祭事や熊を捕った時の唱え言葉や儀式の概要、山の神様への感謝などが記されている。
マタギ発祥の地・根子集落散策
▲根子集落詳細MAP(カシミール3Dで作成)
 国道105号線の笑内集落周辺に「またぎと番楽の里 根子入口」の看板がある。坂を上り、車一台しか通れない根子トンネルを抜けると、根子集落に至る。
▲国道沿いにある根子入口看板 ▲根子トンネルは、過疎基幹農道として建設され、1975年3月に完成、延長576m。
 狭く暗いトンネルを抜けると、一気に視界が開け、まるで隠れ里のような集落が姿を現す。その感動は、1600年以上前に創作された陶淵明の「桃花源記(桃源郷)」(「秋田の桃源郷・手這坂」参照)と極めて似ていることに気付くだろう。
 「マタギの村は、周囲を高い山嶺に囲まれた谷奥や小盆地に立地している。良い猟場を間近に控えたところである。かつては、険しい峠を越えて入らなければならない隔絶された山村であった。農耕だけを目的として拓かれた村でないことは、その景観が物語っているが、屋敷まわりの平地は、畑に拓き、麻や蔬菜類を作り、水かかりの良い谷あいは水田として稲を作った。・・・」(「図説 秋田県の歴史」田口勝一郎ほか、河出書房新社)
▲阿仁根子を歩くMAP・・・「トンネルの向こうは日本の原風景 阿仁根子」
迷路のような根子集落を散策するには、大変便利なMAPである。
▲根子山神社(1655年頃創立)・・・マタギの神様「山神様」を祀っている ▲築100年余の古民家二又荘・・・かつては茅葺きだった屋根は改装されている。内部は、マタギを生業としていた当時の暮らしを感じとることができる。宿泊希望の方は、TEL 0186-82-2400
▲旧根子小学校と校歌
 坂を上り、毎年8月14日に根子番楽が公開されるという旧小学校の前には、立派な閉校記念碑にマタギの発祥の地にふさわしい校歌が刻まれている。

「めぐる山河は うるわしく/やすらかな里 わが根子/
つたえゆかしき 番楽に/又鬼(マタギ)の面影を しのびつつ/学びいこうよ この窓に」
 根子番楽は、国重要無形民俗文化財。山伏神楽の流れをくみ、勇壮活発で荒っぽい武士舞いが多いのが特徴。民俗学者の折口信夫は、根子番楽を次のように評している。「村人は源平落人の子孫と称し、古来弓矢に長じ狩猟を生活としてきただけに、ここの番楽は他のそれに比して勇壮である」
マタギナガサ・西根打刃物製作所(荒瀬)
▲マタギナガサ(西根打刃物製作所、北秋田市阿仁町荒瀬)
 山刀のことをナガサと呼び、山に入る時は必ず腰に下げる。特に柄の部分が袋状になっているものをフクロサガサという。その穴に棒を差し込めばヤリとして使える。

 又鬼山刀の唯一の製作者だった西根稔さんは、残念ながら平成13年に亡くなった。現在は、故西根稔さんの弟弟子である北秋田市小又の西根登さんが製作、販売は西根打刃物製作所(代表 西根誠子)が行っている。(秋田県優良県産品)