雪国の野草図鑑その1    雪国の野草図鑑その2

雪国の春は、「眠れる自然から覚めたる自然」へと劇的に変化する。
雪解けとともに、バッケやフクジュソウ、カタクリ、キクザキイチゲ、イワウチワ、ニリンソウなど、「春告げ花」たちが一斉に芽をだし、山菜とともに林床を百花繚乱に染め上げていく。

春の恵み・山菜を摘みながら百花繚乱の森と谷を彷徨えば、
桃源郷の世界にタイムスリップしたかのような夢心地に浸ることができる。

春の使者・・・フクジュソウとフキノトウ
 雪国では春の雪解けとともに真っ先に咲く花が、フキノトウとフクジュソウである。この花を見ると、いつも春の訪れを実感させてくれる。早春の陽光を一杯に浴びて、まさに春爛漫の訪れを告げる二つの花は、かつて山村の軒先に張っていた「立春大吉」の札を思い出す。
 日当たりの良い棚田斜面・・・雪解けを待ちかねたように花を咲かせたフクジュソウ。花の色は、光沢のある鮮やかな黄色で、残雪に一際映えて美しい。しかし、その美しい草花も、木々が芽吹く頃には枯れてしまう。
 花期は、3月から4月。雪解けとともに地表にツボミと芽を出し、数cmの高さで花を開く。この頃が最も美しい。やがて草丈は15~30cmにもなる。花言葉・・・永久の幸福、思い出、幸福を招く、祝福。
▲二ツ森山頂(1086m)から新緑の世界自然遺産・白神山地を望む(5月上旬、八峰町)

 暖かい春の陽光が、深閑としたブナの森に降り注ぎ、次第に渓谷の凍てつきをやわらげてゆく。林床に積もった雪は融雪水となって、根元の雪をいち早く解かす。やがて雪解けは、根回り穴から森全体へと広がってゆく
 やがて谷から峰に向かって萌黄色に染まるブナの新緑の波は、目にも心にも染み渡るほど美わしい。谷の斜面には、雪解けを待ちかねたように美しい草花たちの競演のドラマが繰り広げられる・・・まさに「山笑う」季節の到来である。
スプリングエフェメラル(春のはかない草花)
 ブナの芽が萌え出る前は、樹間を通して林床に降り注ぐ光のエネルギー量は、年間を通じて最大となる。林床には、イワウチワ、キクザキイチゲ、カタクリ、ニリンソウなどが我先にと競い合うように咲き乱れる。ブナの木々が芽吹き、葉が繁ると、光が遮断され、はかなく消えてしまう山野草たち。これを「スプリングエフェメラル」と呼んでいる。エフェメラルは、カゲロウのことで、はかなく短い命の意味がある。写真の林床に咲いているのは、イワウチワ。
冬木立の森を彩るイワウチワ
 まだ残雪がある頃、ブナ林の乾いた斜面に一斉に咲き出す。淡紅色の花が逆光に透けてとても美しい。岩地に生え、葉の形がウチワに似ることから「イワウチワ」と名付けられた。
 群生するイワウチワの群れは、まるでサクラの花が地面に散っているように見え、見事だ。葉は光沢があり、冬でも枯れない常緑で、イワカガミにも似ている。
白から紫、変化に富むキクザキイチゲ
 キクザキイチリンソウともいう。写真手前の白花がキクザキイチゲ、奥の黄花がフクジュソウである。残雪のある里山から深山のフナ帯まで広く分布している。日が照っている時だけ咲き、雨が降るとしぼんでしまう。撮影のチャンスは、当然晴れの日に限られる。
▲淡紫青色~紫色系のキクザキイチゲ ▲白色系のキクザキイチゲ
 残雪が目立つ早春に咲き、花の色は白から紫色と変化に富んでいる。群生の規模が大きく、身を切るほどに冷たい渓流や殺風景な林床を、見事な色彩で彩る風景は実に美しい。
雪国を代表する山野草・カタクリ
 雪国は特にカタクリが多く、花の色も濃いのが特徴。斜面を真っ赤に染め抜くカタクリの群生は、遠くからでも簡単に発見できる。葉を横に広げた形は、まるで翼を広げたようにも見える。さらに、反り返って咲く花の姿から、飛翔している花のようにも見える。白や黄色の草花が多い中で、カタクリの紅は一際目立つ。
 カタクリは、種から花が咲くまで7年から9年もかかると言われている。種はアリが運び分布を広げる。ということは、カタクリの巨大な群落は、気の遠くなる年月がかかっているのだろう。まだ寒い早春だけに、この紅色を見ると、何となく暖かさを感じる花でもある。
 カタクリ群生の郷(秋田県仙北市西木村八津・鎌足)・・・栗の林床を埋め尽くす花の絨毯。栗の木々の間隔が広く、日当たりと風通しの良い斜面、そして堆肥が、栗だけでなく、カタクリにとっても天国だった。その栗林にアリが密かにカタクリの種子をせっせと運び、やがてポツリポツリと開花。

 それが、増えに増えて、ついには20ヘクタールほどに及ぶ花絨毯を作るほどの大群落を形成するようになった。今では、毎年4月中旬ともなれば、栗林の雪も解け、カタクリが林床一面を赤紫色に染め上げていく。春爛漫・・・雪国の百花繚乱の美を気軽に鑑賞できる場所としてオススメ。(開園は、4月中旬~5月上旬)
沢沿いに群生するニリンソウ
 沢沿いの湿った所に群生し、清冽な流れを白色花の群れで彩る風景は美しい。所々に紛らわしい猛毒のトリカブトが混生しているので、食用として採取するのは控え、撮るだけにとどめたい草花の一つ。
 ニリンソウとはいっても、花は必ず二輪とは限らず、一輪から三輪(左の写真)の花をつける。
エゾエンゴサク
 ブナ林ではキクザキイチゲやカタクリの群生地に混生している場合が多い。ケシ科類の植物は一般に有毒であるが、北海道では食用の山菜とされている。本州の日本海側と北海道に分布。ほかのエンゴサク類には見られない大きな群落をつくる。
 花の色は青紫色が一般的だが、水色系、赤紫系、白花系など多種多様である。ヤマエンゴサクと似ているが、花の下の苞に切れ込みがないのが特徴。
雪国のスミレ類
▲スミレサイシン・・・雪国を代表するスミレの一つ。時に良く手入れされた明るい杉林にも群生する。淡い紫色の花とハート形の大きな葉が特徴。花や葉はおひたしや天ぷらに。根はすりおろすとトロロ状になり、春の土の香りがするという。  ▲オオバキスミレ・・・多雪地帯の日本海側に自生する黄色のスミレ。沢沿いの湿った斜面に大きな群落をつくる。葉や花はおひたしや天ぷらにして食べる食用種。
▲タチツボスミレ
スミレサイシンやオオバキスミレより葉が小さく、茎が立って咲く。
和名のツボスミレは「坪」すなわち「庭」に生えるスミレの意味がある。
里山の雑木林に普通に生える。
▲フイリミヤマスミレ
スミレサイシンやタチツボスミレの花と似ているが、葉に白い斑紋がある。
ミズバショウ(水芭蕉)
 ミズバショウは、雪解けを待ちかねたように湿地に咲く。白色卵形の仏炎苞が、円柱状の花序を包む。葉は花が終わった後に出て来て大きくなる。尾瀬のミズバショウが有名だが、雪国では珍しくもなく、山地の沢沿いや湿地に普通に見られる。
▲仙北市田沢湖町刺巻湿原のミズバショウ
 ハンノキ林内の面積は約10ha、そのうちミズバショウの群生面積は約3haで、約6万株と言われている。林内に木道があり、ミズバショウとザゼンソウの群落を気軽に鑑賞できる。
(撮影:4月10日)
▲刺巻湿原のミズバショウ
葉が成長すると、芭蕉の葉に似ることから水芭蕉という。
▲残雪とミズバショウ
雪が解けたばかりの湿地帯は、葉が小さく、白の仏炎苞と中の花序が際立ち美しい
ザゼンソウ(ダルマソウ)
▲花序は、葉に先だって開く
 ザゼンソウは、ミズバショウより一足早く咲き始める。その名は、花序の様子を座禅僧に見立てたもの。ミズバショウと同じ仲間で、自生地も花の時期も同じだが、数は少ない。傷をつけると臭い匂いを出し、アメリカではスカンクキャベツと呼ばれているらしい。(田沢湖町刺巻湿原)
ネコノメソウ(猫の目草)
▲清冽な流れとネコノメソウ(ユキノシタ科)
常に清冽な飛沫を浴び、湿度の高い場所に群生する
裂開した蒴果を、昼間の猫の目を閉じた瞳孔にたとえたもの
エンレイソウ(延齢草)
 沢沿いの湿った斜面などに生える。大きな葉が三枚あり、真ん中から1本の花柄を出し、先端に一つの花をつける。実に個性的な草花で、印象に残る草花の一つ。
▲左は普通のエンレイソウ、右は、先端の白い花が大きいオオバナノエンレイソウ
ミヤマキケマン
 鮮やかな黄色の花を多数つけ、遠くからでも良く目立つ。葉はセリのように細かく切れ込んでいる。「ミヤマ」という割には、日当たりの良い里山周辺でよく見かける。
ヒトリシズカ
 白いブラシのような花穂を大切に包み込むように咲く。光沢のある二対の葉が十字に対生する。和名は、この花穂を静御前(シズカゴゼン)の舞い姿に見立てたもので、別名ヨシノシズカとも呼ばれている。
キバナイカリソウ
花の形が船の錨に似ているから覚えやすい。
花は淡い黄色で、日本海側の多雪地帯に生える。小葉は咲きが尖り、縁に刺毛がある。
ショウジョウバカマ
 左の写真は、背後のミズバショウの白に淡い紅色が映えて特に美しく、印象に残る一枚。和名の猩々(ショウジョウ)は、花が歌舞伎の猿人の顔色に見立て、葉を袴に見立てたもの。春の雪解け直後に咲くことから、ユキワリソウとも呼ばれる。また、ウグイスが囀る頃に咲くことから、ホケキョバナとも呼ぶ。
ミヤマカタバミ
 葉は3枚、小さな白い花を1個付ける。茎や葉にシュウ酸を含んでいるため酸味がある。夜になると葉が閉じ、睡眠運動をする。
▲コミヤマカタバミ
コミヤマカタバミの花は、基部に黄色の斑がある。
花は白色、時に脈が淡い紅紫色を帯びる。

リュウキンカ(立金花)
 春の陽光を一杯に浴びてリュウキンカが咲き乱れる谷は美しい。リュウキンカは、山野草の中でも一際でかく、湿地の中で最も目立つ。大きく広げた丸い葉と鮮やかな黄金色の花々にいつも目を奪われる。沢筋の湿地を好み、ミズバショウと混生している場合も多い。右の写真は、雪が残る源流部に咲いていたリュウキンカ。
 冷たい流水に浸り、春の光を十分に浴びて咲く。立ち上がった先に金色の花をつけることから「立金花」と名付けられた。この花に出会うと、いつも休憩し、カメラを構えてしまうほど美しい。
絶滅危惧種1A類・オオサクラソウ
 オオサクラソウの群落は、渓谷の湿り気の多い岩場に生える。花色は鮮やかな紅紫色。一株から数株のオオサクラソウは、たまに見掛けるが、数百メートルにもわたって渓谷の岩場に群生する場所は、極めて少ない。
 オオサクラソウの大群落は、人を容易に寄せ付けない滝や峡谷のゴルジュ帯に限られている。しかも花の最盛期は、雪代が逆巻く危険な時期でもあり、とても素人が歩ける場所ではお目にかかれない。稀に、目の前一面に広がるオオサクラソウの大群落に遭遇すると、とても絶滅危惧種とは思えないほど群生の規模が広大な場所もある。
▲白っぽく、シロバナノオオサクラソウを連想させるような淡い花色
▲シロバナノオオサクラソウ
絶滅危惧種の珍種・・・真っ白なオオサクラソウ。背後に写っている紅紫色のオオサクラソウとは、明らかに異なる。シロバナノオオサクラソウは、オオサクラソウの変種だが、何と出会う確率は、オオサクラソウの1/10万という。
絶滅危惧種1B類・トガクシショウマ
 ブナの森が新緑に染まる頃、源流の谷に群生するトガクシショウマは、「ブナ帯の妖精」と呼びたくなるほど美しく可憐な草花である。1属1種の日本特産種。秋田県で絶滅危惧種1B類、環境省でも絶滅危惧種2類にランクしている希少種。
シラネアオイ
 ゼンマイ採りのシーズンによく見掛ける大型の花。1科1属1種の日本特産種。雪国のブナ林では、それほど珍しくもなく、ごく普通に見られる。それだけに親しみを覚える花だ。和名は、日光白根山にたくさんあり、花がタチアオイに似ていることから名づけられた。
▲珍種シラネアオイの白花
 普通は紫色だが、稀に突然変異の白花に出会うことがある。右下の白花は、和賀山塊の源流の険しい崖に生えていたもの。この時は、それほど貴重だとは思っていなかったが、その後ほとんど出会うことがなかった。その後、白神山地や八幡平で、それぞれ一度だけ出会った。それだけに貴重なものだと思う。
▲秘境の花園・・・八幡平・大深沢源流北ノ又湿原(仙北市田沢湖町)

俗人が私に問う
「どんなお考えで、こんな寂しい緑の山にこもっておられるのか」
私は微笑むだけで答えないが、心は私なりに長閑である
桃の花びらが川の流れに乗って、遥かに流れ去ってゆく
ここは俗世と違う、素晴らしい世界が別に開かれているのだ(李白「山中問答」)

李白は俗世を離れ、山中で暮らす仙人のような生活に憧れ
その美しい自然、桃源郷のような世界をこの世の別天地と詩った
参 考 文 献
山渓ハンディ図鑑2「山に咲く花」(山と渓谷社)
「奥羽山系 雪国の草花」(雪国の草花刊行会)
「樹木図鑑」(日本文芸社)
山渓カラー名鑑「日本の高山植物」(山と渓谷社)
「花の百名山 登山ガイド・上」(山と渓谷社)
「ひとめで見分ける320種 ハイキングで出会う花 ポケット図鑑」(増村征夫著、新潮文庫)
「ひとめで見分ける250種 高山植物ポケット図鑑」(増村征夫著、新潮文庫)
「NHK古典講読 李白」(宇野直人)
「秋田農村歳時記」(ぬめひろし外、秋田文化出版社)

 

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