インタビュー

共生共存の山 白神山地

-秋田県農林水産部参事(森林整備課長) 宮崎一彦氏―

 今年3月、一冊の本が発行されました。「世界自然遺産 白神山地フィールドガイド-改訂-」です。絶妙なビューポイントを押さえた写真の美しさと細やかな描写で白神の魅力が描かれています。
 先日、著者である秋田県農林水産部参事(森林整備課長)の宮崎一彦氏に、本に込めた想いや白神山地・森の魅力についてお話をうかがいました。
 

―今回、改訂版を出版したきっかけは?

 

著者 宮崎一彦氏

左が初版。

右が今回新たに改訂された最新版。

 初版を出した時は、白神山地が世界自然遺産になったばかりの時で、まだパンフレットもない時だったので、僕は当時山本(秋田県山本地域振興局)にいたんだけど、白神山地に行きたいという人に向けて、自分たちでイラストとマップを書いて、写真をつけてカラーコピーにして配ったんです。そしたら、せっかくだから本を作ったらということになった。当時は2万部も出て、いわゆる超ベストセラーになりました。
 それから、再び2年前に山本に転勤したら、当時のコースも道路もみんな変わってきていたので、じゃあ改定したほうがいいなと思って、仕事の合間を見て作りました。

―写真が本当に素晴らしいですね。全て宮崎さんが?

   
 写真は全て最新版で、全て転勤してからの2年間で撮りました。空撮は、松食虫やナラ枯れなどの病害虫の広がりを調査した時に同行して撮らせてもらいました。

 わたしが一番好きな写真は、この山と海の写真(右写真)。能代市の落合浜から撮りました。冬の2月ごろだね。天気を見て「今日は絶好だ!」と思って、パッと行って。白神岳と向白神岳がこのようにはっきりと見えるのは、秋田県の能代市しかない。絶好のビューポイントなんですよ。

―スケッチも昔から描かれていた?

 初めてこういう山のスケッチを描いたのは、2006年9月に、鳥海山に皇太子様が登った時に、できるだけ分かりやすいようにと思って作ったのがきっかけです。こうちょっと山を俯瞰して描くことで、どこから行くとどこに着くのかということが分かりやすくなっていると思います。それで、この手法で白神も書こうかなと。このマップと写真を見て、登山したような雰囲気になってもらえるように、目で感じてもらう手法をとりました。色は全て色鉛筆です。そのほうが絵が柔らかいから。ちなみに、初版のイラストは岳岱(藤里)の散策ルートの看板になってますよ。

―今までのガイドブックなどと違うところは、市町村や県をまたいで白神を4つのフィールドに分けて書いているところ。これはどうして?

 白神山地に行くと市町村ごとにパンフレットが分かれていて、全体を知るにはその全部がないといけないんだけど、これが1冊あればどこにでも行けるし、4つあるフィールドの中から自分に合った目標を決めて行けば、あまり無理しなくても好きなところに行ける。今日は南で手頃なところに行ってみようかな、とかね。
 今までのガイドブックは、みんな市町村ごとに作っているので、こういうエリア分けをしていないんですよね。だから、ある意味、県がこういうのを作るのはいいのかもしれない。市町村だと、自分以外の地域のものはなかなか取り組めないじゃない。 
   

―宮崎さんにとっての森の魅力とはなんですか?


秋田県藤里町 岳岱のブナの巨木

 白神っていうとみんな“ブナ”って思うでしょ。でもブナだけじゃなくて、そこに寄り添ういろんな植物、木がいっぱいあるんですよ。みんなブナにまっさきに目が行くけど、ブナと一緒に共存している仲間にも目を向けてもらえればと。そうすれば、ブナ以外の植物や木がどんなにステキかということも分かるし、ブナを支える周りの森があって初めてブナが残るんだということを感じて欲しいんです。
 ブナのことを、昔の人は「橅」“木に無い”と書いて最初はけなしていた。でも今ではとても美化された言葉になった。もちろん、そうなるためにはブナの水を支える、蓄える働きを見直してきたからなんだけど。でも、そのブナと周りの木はお互いに支え合いながら森を守ってきていて、ブナだけでは森は作れない。
わたしは白神のすごさは、みんなが共存して存在している山だということだと思っています。

秋田県八峰町八森 二ツ森

秋田県八峰町八森 二ツ森

 パワースポットというのがあるでしょ、あれと同じだと感じてもらえればいいですね。誰しも自分だけの癒しの森というのが必ずあるはずなんですよ。人によってその感覚が違って、森の奥に行きたくない人でも、手前にあるちっちゃな木々が自分の鼓動と一体になる場合もあるし、葉っぱを見て風のささやきを聞いたり鳥の声を聞くことが、自分の心を落ち着ける癒しの部分になる場合もある。森が、一人一人にとって、そういう五感の中のどれかが研ぎ澄まされる場所になってもらえればいいなと。
 例えば、感情が高ぶっている時でも、森に行くとなんで今まで怒ってたのかなって思うこともあるし、自然の中に身を置くと、自分の存在を小さく感じて逆に世界を広く見ることもできる。みんながもう少し山に入ってくれたり、入らなくても見て関心を持つだけでも全然違ってくると思うんですよね。
 
―宮崎さんは学生時代から森に関わってこられた?
 そう、林学。県庁に入って、今から15年くらい前には地産地消推進の班ができて、その時の最初のメンバーでした。山から下りてきて、食べものに関わったというわけです。『地産地消』の看板を背負って、直売所に行ったりいろんな行事の出店に顔を出してました。今では「地産地消」は普通になったけど、前はなかなか人も集まらなくてね。15年前は、そんなのなんだという世界でしたから。そのあと、全国植樹祭を担当しました。 
 
―先日も小笠原列島が世界自然遺産に登録されましたが、世界遺産としての白神山地の保護についてどう思う?

秋田県八峰町八森 二ツ森
登山の様子

秋田県八峰町八森 留山(とめやま)
熊のつめ跡

 白神山地が世界遺産に登録された最初のきっかけは、林道(青秋林道)を作ろうとしたことでした。林道を作る我々(行政)からすれば、ひとつの大きな動脈を作ることだったんだけども、第三者からみると、山を壊していると思われてしまう。そういう部分との戦いだった。
 そうした中でも、白神に貴重なものが存在していて、保存しなければならないなという動きに対してはみんな(行政)も賛同したので、今度は残す方法として、秋田県側は森に入っちゃダメだよという保護の仕方、青森県側はどんどん活用しながら白神を大いに活かしていこうという方法、こういう2通りに分かれたわけです。今までそこで営みがあった人たちにとっては、入っちゃダメと言われると非常に生活に困る人たちも出てくるし、また秋田みたいに、今までもめったにそこには行かなかったのだから、これからも遠くからあたたかい目で森を見てあげよう、という視点の違いです。


秋田県八峰町八森 二ツ森
奥の女性が白神ガイド
 
秋田県八峰町八森 二ツ森
ブナの実
 わたしは、白神に入りたかったら青森側から入って見ればいいと思うし、それは、両県の方法のどっちがいいとかではなくて、それぞれの制度で動くしかできないと思う。だから、保護もあっていいし、活用もあっていい。どっちの規制の中でも動けるようにみんなが各県の制度に乗っていくしかないと思う。いままたその制度を変えるとなると、混乱して破壊されてしまって、世界遺産登録の取り消しにもつながりかねない。
 そういう意味では、屋久島は白神と同じ年に世界遺産になったけど、人が多く入りすぎて、植物の根が踏まれたり、ゴミなどでかなり苦労している。森っていうのは、とても広いんだけど受け入れるポケットというのはそんなに大きくない。広そうでいるけども、人間が持ち込んだものを受け入れ続けるのはなかなかできない。だから、富士山みたいに、あんなに人が行っちゃうと、もちろん富士山も嬉しいでしょうけれども、むしろ困っている部分もあると思う。保護と活用、そういう両面あるということだけはみなさんにも理解してほしいと思います。
 
―最後に、このフィールドガイドを手にした人たちにどう活用してもらいたい?

秋田県八峰町八森 二ツ森頂上からの眺め(標高1086.2m)

 秋田も青森の人も、白神山地っていうのは自分たちからは遠い存在だと思っている。近場にある里山ですら、どういう山なのかも分からない。今回は、本を見ただけで目の前に山が開けるような冊子にしたんです。多くの人が「いつかは行ってみたいな」とか「こんなに素敵なところなんだな」と思うような場所だけを取り上げて作っているので、まずはこのガイドブックを読んで目で感じてもらって、そして頭から足に伝わっていくような、そういう本として活用して欲しいなと思っています。