花嫁道中

秋田県南部に位置する羽後町は、県内屈指の豪雪地帯です。もうすぐ2月に入ろうという冬のど真ん中のこの時期は、羽後町のような農業地域では農閑期にあたります。昔から、畑仕事がお休みのこの時期には結婚式が行われてきました。昭和61年から続く「花嫁道中」は、そんな昔の生活様式を今に伝える行事です。

雪道のバージンロードは12kmあります。西馬音内にある道の駅うごから、4kmある七曲峠という難所を抜け、田代郷の旧長谷山邸までを5時間かけて旅をします。新郎新婦を乗せた馬そりに並んで歩くのは、昔ながらの藁の防寒着を身につけた長持持ちや提灯持ち、この光景を写真に収めようとやってきたカメラマンたち、そしてただただ一行を追いかける人も何人かいます。一緒に歩く人こそ少ないけれど、地元の人たちは新郎新婦一行を一目見ようと沿道に顔を出しては、二人へ「おめでとう」、一行とともに歩く人々へ「がんばって」、と声をかけます。

人々の祝福や声援もさることながら、道中で一行をじっと見守るのは、雪道をやさしく照らす何千ものろうそくの灯です。雪の壁に数mおきに開けられた四角い穴の中に一つ一つ揺れる灯は、地元のボランティアが手作業で用意します。しんしんと雪の降る午前中、スタート地点の道の駅うごが祝福ムードでいつもに増して賑わう一方で、ゴール地点付近では、ボランティアたちがスコップを片手に雪を掘ったり固めたりして会場設営をしています。

日没の頃、峠を少しずつ登っていくと、景色のひらけたところがあります。見下ろすと、麓の民家の集落の明かりが、曇り空の夕暮れの青白い空気の中に煌めいています。都会のぎらぎらした夜景とはまた違う、やさしい眺めだ。

「もう少しいけばもっといいアングルで写真が撮れますよ」と、古めのiPhoneを握っている私に、一眼レフのカメラマンが教えてくれました。知らない人でも、長い道のりを一緒に歩いただけに、道中も後半に差し掛かる頃には不思議と親近感が湧いてきます。いつの間にか、馬丁の人ともしゃべるようになっていました。「どこからきたの」「じゃあ秋田の冬は大変だろう」みたいな、たわいない会話が、氷点下にくじけそうな気持ちを支えてくれました。

生まれた時から住んでいたって、雪国での生活はやっぱり厳しいという人は少なくありません。そんな雪と共に生きる生活を楽しめるようにと始まったイベント「ゆきとぴあ七曲」です。「花嫁道中」はそのメインイベントとして、羽後町の冬を盛り上げています。伝統的な婚礼の風景を再現しながら、同じ故郷に生まれた者の門出を町を挙げて祝うこの行事は、地域の人々のあたたかいつながりを感じられる場所です。

一緒に花嫁道中に参加し12kmの道のりを完歩した台湾人留学生は、「私にとって、日本の伝統的な婚礼の儀式に参加することはとても貴重な経験でした。約12kmの道のりを歩いて進むことにとても驚くと同時に、昔ながらの生活がこのようにして受け継がれているのだと実感しました。この経験は私の留学生活の中ですばらしい思い出になると思います。」と語った。

結婚を祝福する気持ちに、伝統を肌で感じることに文化の違いは関係ないんだと改めて気づかされた。