今年の春、鹿角市の山奥に新しい学校が開校します。
仕事も人間関係も恋愛も、一生懸命はいいけれど、ちょっと疲れたらここに来てみませんか。
心と身体を癒す学校。それが「中滝ふるさと学舎」です。
■校舎を地域の拠点に
場所は、十和田湖の入り口、鹿角市大湯中滝地区。
昨年3月、みなに惜しまれつつ閉校した、旧大湯小学校田代分校中滝校舎である。
鹿角市大湯中滝地区は、鹿角市が勧める森林セラピーの中滝ロード内に位置している。
周辺には、地名にもなっている「中滝」のほか、いくつもの滝があり、散策路も整備されている。
市では、カフェやギャラリー、宿泊施設などを設け、ここを森林セラピーや滝めぐりなどの拠点として活用、
県内外の観光客や地域住民の憩いの場所にしたいと考えている。
■「NPO法人かづのふるさと学舎」の設立
「NPO法人かづのふるさと学舎」代表湯瀬政弘さん。
湯瀬さんは、大湯温泉街で電気店を営みながら、滝めぐりの会の会長などを務めるなど、
これまでも大湯地区の活性化に尽力してきた。
この地区の人で湯瀬さんを知らない人はいない。
電化製品を買う時や修理を頼む時、湯瀬さんのお店に電話をする。
湯瀬さんは街を支える「みんなの街の電気屋さん」でもある。
廃校が決まったその校舎を、何かの形で利活用できないかと考えた、
鹿角市役所観光交流課の加藤卓さんから、湯瀬さんへNPO設立の話が持ちかけられたのは、
今から1~2年ほど前のこと。
校舎の改築、利活用の構想、土地の整備などスタート地点までは市で管理、
加藤さんは、開校後の運営を任せられる人材と組織を求めていた。
また、湯瀬さんにとっては、滝めぐりなど、観光の拠点施設が持てることや
学舎を目的にやって来る人が、滝めぐりに参加してくれるなどの相乗効果を期待。
双方の思惑が合致して、昨年11月にNPOが正式に誕生した。
「山に行かないと落ちつかない。」という湯瀬さんにとって、
大湯の森はすでに身体の一部、心の一部になっている。
大好きな大湯の自然と滝を、多くの人に感じてもらいたい。
それが、湯瀬さんの願いだ。
■「命」を感じる体験を
「中滝ふるさと学舎」のオープンにむけて湯瀬さんたちNPOメンバーは体験メニューの考案を進めている。
どんな体験を組み合わせたら、ここオリジナルの体験メニューを提供できるのか。
テーマは決めている。
それは、「命」を感じられるもの。
「当たり前ではないことをしたいんです。ここは酪農が盛んだから、
牛の乳しぼりとか家畜の出産に立ち会ったり手伝ったり。
あえて家畜のと殺なんかを体験させて、命の大切さを感じてもらう体験もどうかと考えています。
ここでの体験が、子どもたちの将来に役立つものになって欲しいんです。」
また、子どもだけではなく、社会で働く大人に向けたプログラムも構想している。
ターゲットは都会の企業で働く人たち。
「都会の人たちは、仕事をしていないと不安で、休みを取らないそうなんです。
だったら、休みながら働けばいい。わたしたちと企業が連携して、心の休養が必要な人には、
ここにパソコンを持ってきて仕事をしてもらう。1人でもいいし、家族で来たっていい。
ロッジに泊まって、1週間でも2週間でもここで仕事をして、
心身ともにリラックスしてもらうようなことを考えています。」ぜひ実現したい、と目を輝かせた。
昨年末には、スタッフを3人地元から雇用。準備は着々と進んでいる。
■地域の心のよりどころ「中滝小」
昨年11月下旬、NPOメンバーによる現地視察が行われた。
校舎の改築工事は、昨年秋に着工。本格的な雪になる前に、外の作業を終わらせようと、
この時には新設するロッジやテラスの建設が急ピッチで進められていた。
かつてのグラウンドにはショベルカーやトラックが入り、雨でぬかるんだ土を掘り上げていた。
遠くからその様子を眺めていると、一人の男性が「子供がたの植樹した木、ねんでねぇが」と
独り言ともとれるつぶやきをわたしに向けた。かつてグラウンドの一角に植えた、
卒業記念植樹の桜の木のことであるという。男性は足早にわたしの前を通り過ぎ、仲間の輪に加わった。
大湯のこの地は、開拓の地である。昭和30年代、全国各地から、若者が農地を求めてこの地へやってきた。
話を聞くと新潟出身だという男性が、今年で82歳。60年余りを中滝で過ごしてきた。
かつては酪農を営んでいたが、年をとり、跡取りもなく家業をたたんだ。それでも60年生きた土地。
夢を抱いてこの地にやってきた男性にとって、小学校には、子供を育て通わせた想い出が残る。
「私がここに来た時は、中滝には小学校がなかったのです。
発電所に勤める人の子供たちのための止滝分校に、一緒にお世話になっていました。
中滝に小学校ができたのはそのあと。もちろん田代の冬季分校ができたのはそのもっとあとです。
ここでは、学校の運動会に地域総出で参加します。もう子供たちだけの楽しみではありません。
大人も一緒になって走ります。そして、終わったら、体育館にみんなで集まって餅を食べます。
餅を食べるためだけに参加していた人もいたのではないかな。
廃校が増える中でこうして校舎を残すのはいいことだと思いますよ。
校舎は凝った造りではないし、ごくごく普通ですが、それがいいのです。」と
昔を少しずつ思い出しながら、ぽつりぽつりと口にした。
校舎の中は、今にも子供たちの声が聞こえてきそうなほど穏やかで、暖かい空気があふれていた。
決して寂しさは漂っていない。淡い緑色の柱と白い壁。裏手に流れる大湯川と豊かな森、
そして空の青とそこに浮かぶ雲の色が混ざり合い一つになったかのような、そんな淡い緑だった。
校庭に面してまっすぐにのびる廊下は、大人が二人すれ違うにはちょっと狭く、
小学校とはこんなにも小さかったか、と自分の幼いころの姿を思い浮かべてみる。
窓から優しい光が差し込んでいた。
廊下の一番奥からピアノの音が聞こえる。誰かが懐かしさで鍵盤を叩いたのだろう。
白木のふたがついた珍しいヤマハのアップライトピアノ。
「ずっと昔からこれだったんではないかな。ずっとこれだけ。」
これまで、何百人の子供の歌声に合わせて音を奏でてきたのだろうか。
一旦閉じられたふたがもう一度開けられる日を、校舎の奥でじっと待っているかのようだった。
学校の水道とプールには、近くの湧水がパイプ伝いに引かれているという。
温泉とも違う暖かい湧水。温泉地ならではの水の恵みを、だれも贅沢だとは感じていない。
当たり前にそこにあるものなのだろう。
■今年4月 開校
構想からおよそ3年。「中滝ふるさと学舎」もまもなく開校を迎える。
計画の立ち上げから関わってきた鹿角市役所の加藤さんは、
「全国にも廃校を利用した施設はいっぱいありますが、ここ(鹿角)には森林セラピーがある。
だから、ここは、ただの美術館やレストラン、宿泊施設とは違う、
“癒し”を提供できる場にしたいんです。
何にもしないで、ただ一日校舎でゆっくりしてもいいんです。
編み物や料理をしたっていいし、小さな椅子を持って森に散策に行ったっていい。
散歩の途中に昼寝をしに寄ってもいいんです。
だからカフェのメニューも、きりたんぽとかじゃなくて、
ヘルシーでナチュラルなものを考えています。
東京や関東の人は難しいかもしれないけれど、近隣の人、とくに若い人に来てほしい。
若い人が田舎暮らしを見直している今がチャンスだと思うんです。」と話す。
キーワードはあくまでも“癒し”。
どんな学校になってほしいのかと尋ねると、
「こんなこと、言ってはいけないのかもしれないけれど、
好きな人だけ集まってくれればいいと思うんです。
もちろん運営を考えたらそうは言っていられないけれど、
でもこのように静かで落ち着く場所だから、あまり騒がしくはしたくないんです。」
みんなが愛したこの学校を、慈しみ守ってきたこの校舎を、
この土地を好きになってくれる人に集まってほしい。
いったんは本来の役割を失った校舎が、地元の人々の手によって再び息を吹き返そうとしている。
車の中で、加藤さんが、学舎のイメージに今話題の「森ガール」を考えている、と教えてくれた。
深い緑の森と豊かな川に包まれていると、
今にもあの木の陰から、かわいらしいおしゃれな女の子が姿を現すんじゃないかと思ってしまう。
そんな雰囲気さえも漂う大湯中滝の森。
そのうち、雑誌の撮影がここで行われたり、「森ガールの集い」なんかが開かれちゃうかも。
オープンは今年4月の予定。
春の便りとともに、鹿角の山奥で、本当の「癒しの空間」が誕生します。
県北担当 やっつ
2010年1月28日00:24 | 県北情報 | Trackbacks (0)