「わたしね、毎朝畑に来て、おはようございますってお花に言うんです。
雨が降ってれば、雨ですけど頑張ってくださいねって。
きょうはね、いいお天気ですねって言いました。」
晴天の青空の下、およそ20アールの畑一面に咲き誇るチューリップ。
通りすがる人々は車を停め、その美しさかわいらしさに目も心も奪われて、
この心優しいささやかな贈り物を心豊かに享受する。
贈り物の主は工藤ユミさん(85)
小柄な身体で一本一本丁寧に育てあげ、毎年多くの人に幸せのお裾分けをしています。
■ニンニク畑をチューリップ畑に
鹿角市十和田大湯字一本木。
ユミおばあちゃんがもともとニンニク畑だったところに
チューリップを植え始めたのは、今から10年ほど前のことです。
畑の片隅から少しずつ植えたチューリップは、次第にその数を増やし、
今では種類の数も植えた本数も数え切れないほどになりました。
花輪で生まれ育って19歳で大湯にお嫁さんに来たユミおばあちゃん。
おじいちゃんと一緒にニンニク農家として家族を支えてきました。
しかし、価格の下落と高齢化、息子は教師の道を歩み跡継ぎはなく、
10年前、ニンニク栽培を続けることを諦めました。
その長年連れ添ったおじいちゃんも5年ほどまえに他界。
今は家族に支えられながら、大好きなチューリップを植え続けています。
「チューリップのいいところはね、種類とか関係なく一斉に咲くところです。
まるでね、さぁみなさん、咲きますよ~って言ってるみたいなんです。」
■訪れる人の存在
地元新聞に紹介されたり、口コミで広がったり。
毎年ユミおばあちゃんのチューリップをたくさんの人が見に来ます。
何年も通って来てくれる人や一日に何回も足を運んでくれる人もいるのだそうです。
「その人はね、この畑を見たことないっていう人に会う度に連れて来てくるものだから
一日に2回も3回も来るんですよ。おかしいでしょ(笑)。
でもね、嬉しいです。せっかく植えても見てくれる人もいなければ寂しいですよ。
あと何年続けられるか分からないけど、できるうちは、ね。」
■自分のためのチューリップ畑
「この畑はね、自分のためです。
この畑を見ていると、昔の辛かったことや今の心配事なんか
全部なくなってしまいます。だから今は本当に幸せです。」
農家のお嫁さんとして、そして母親として一生懸命生きてきたユミおばあちゃん。
おじいちゃんとはお見合い結婚で嫁ぐまでは顔も見たことがなかったのだそうです。
「そういうことはよくあったんです。」とユミおばあちゃんは言います。
戦争を経験し、農家としても事業を大きくしながら子どもを育て、
そうして育てた一人息子を当時では珍しい東京の大学に送り出しました。
「この畑を見るとみなさん大変でしょうって言うけれど、大変だなんて思ったことはないです。
戦争や昔のことを思えばどんなことも苦労なんかじゃないの。」
■今が幸せ
ユミおばあちゃんの一番好きなチューリップは紫色のお花です。
赤やピンクのお花が多い中で紫色は少数派。
でもそこがいいの、とユミおばあちゃんは目を細めながら言います。
畑の奥で小さな黄色い野菜箱に腰をかけ、チューリップを見にやって来る
人たちを出迎えて、時には一緒に語らいながら大好きな春の時間を過ごすユミおばあちゃん。
ユミおばあちゃんの隣に腰をかけると、その目線はチューリップの背丈と同じくらいになって、
その彩の中に優しく包まれているかのような心持ちになってきます。
「冬の吹雪の時でも、あぁ、今はこんな景色だけど、
春になったらここはお花でいっぱいになるんだなぁって思ってね、
嬉しくなるんです。気持ちが穏やかになって、春が楽しみになります。
だから今がほんっとうに幸せです。」
穏やかでありながら意思強い声で「幸せ」と話すユミおばあちゃんは、
春の日差しを浴びて気持ちよさそうに風に揺れるチューリップたちを
そのまっすぐな瞳で見つめていました。
「ねぇおばあちゃん、毎朝お花に話かけると、お花はなんて答えるの?」
「うふふ、ありがとうございますって言いますよ。」
県北担当 やっつ
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場所 秋田県鹿角市大湯字一本木(大湯ストーンサークルの近く)
畑の向かいに駐車場あり
2010年5月19日01:54 | 県北情報 | Trackbacks (0)