五穀豊穣を祈る農耕の行事食が育てた、様々な餅
五穀豊穣の祈りや冠婚葬祭(ハレ・ケ)が、米を中心とする多様な食文化を育んできました。たとえば12月は月のうち半分に様々な年越し行事があり、その度に米や餅の種類や形を変えて神仏に供え、家族の楽しみとされてきました。その多くはやや簡略化されたものの、秋田の農村にはこうした行事と餅文化が息づいています。特に秋田では餅そのものを食すだけでなく、粉にしたり、蒸したり、干したりと形も味も種類が大変豊富です。
秋田の各地域で親しまれている餅の数々をご紹介します。
干し餅(全域)
秋田はもちろん、広く東北の寒冷地帯で作られている干し餅は、冬の代表的な餅菓子です。同じ大きさに切った餅を、かつては藁(現在は、各々の家庭によって異なります)で編み、風あたりの良いところに下げ、乾燥させて作ります。凍らせながら作る地域もあるので凍り餅とも呼ばれます。
カラフルな餅の色は、しそ(塩漬け)や小豆(煮たもの)、かぼちゃ(煮たもの)などを利用して、見た目も美味しく作られます。乾いたものをそのまま食べたり、焼いて砂糖醤油で食べたり、油で揚げたり、食べ方も様々。
ゆべし(全域 各地域によって形状が異なる)
きなことゴマゆべし
小豆ゆべし
黒糖ゆべし
焼きゆべし
県南地方ではこの餅のことをゆべしと言いますが、「恵比寿(えびす)」がなまって「ゆべし」と呼ぶようになったとも言われています。ゆべしは、餅米粉、うるち米粉、小豆などを合わせてつくりため三杯もちとも呼ばれます。型に生地を流し入れる作り方と生地を巻いて模様を入れる作り方があります。実際に恵比寿型に入れてお雛様にお供えする餅やくるみの入った角型のゆべし(その場合は醤油味)もあり、少し複雑ですが、県内でも地域によって呼称も形状も変わるのもおもしろい特徴です。
花みそ(美郷町・大仙市など県南部)
県南地方で、この三杯もち(ゆべし)を花みそとも言います。「みそ」と言っても、味噌を使っているわけではなく、その語源は、「みそは餅の古語」「形状が味噌のようだった」などの説があるようです。小豆やかぼちゃ、醤油の他、ラベンダーなどを用いて、地域の特徴あるものが各地で販売されています。
おやき(全域)
餡(あん)を米の粉で作った餅で包み、形を整えて、油を薄く敷いた鍋や鉄板で両面を焼いた、伝統のお菓子。特に県南地区では、毎年12月8日を「病焼き」と言って、体の悪いところを餅(おやき)に乗り移らせ、川に流す風習が残っています。
バター餅(北秋田市)
上前から地域で食されてきたバター餅。餅にバターを入れることで時間が経っても餅の柔らかな食感が保たれているという特徴があります。マタギたちにとって保存食であったバター餅は、メディアで紹介されたことをきっかけに、知名度が上がり、たくさんの人に親しまれるようになりました。
松皮餅(由利本荘市)
江戸時代鳥海・矢島地域にのみ伝えられている松皮餅。赤松の内皮を煮て色を出し、餅に入れる珍しい餅です。飢饉の際の救荒食だった、昔の着色料だったなど、いくつかの説がありますが、お雛様の菱餅として作られてきました。現在は、餡を包んで大福として販売され直売所などの人気商品になっています。
あんぷら餅(男鹿市)
&男鹿半島周辺で「あんぷら」と言えばじゃがいものこと。あんぷら餅は、昼食などでごはんの代わりに食べるためにじゃがいもに工夫をしたもので、秋田県内でもこの地域に限定して食される独特の料理です。
なると餅(仙北市角館ほか)
昔は粟を材料に使っていたため、阿波の鳴門にちなんで名前が付けられたと言われています。角館地域がその中心で、祝い事や特別なときに食べられた餅であり、農家の手作り菓子として親しまれてきました。なべすり餅(仙北市ほか)
餅は杵でつくので、作っている音が隣の家に聞こえてしまい、おすそ分けするのが通例でしたが、それに対してなべすり餅(おはぎ)は、隣りに知られることなく作れて、家族でゆっくりと食べることができると言われてきました。そこから、「隣り知らず」とも呼ばれる秋田定番の餅です。
小豆でっち(東成瀬村)
東成瀬村の代表的なお菓子で、田植え後のさなぶり、稲刈り後の刈り上げなど、祝い事のあるときに作られたほか、今では各家庭でお茶請けとしても作られ親しまれています。 縁起が良いとされる小豆をたっぷり使い、味はおはぎに似ています。
笹巻き(全域)
県内各地で食されている笹巻きは、端午の節句やさなぶりなどで各家庭で手作りされる行事食でした。笹の香りがほんのり移った餅米に、たっぷりのきな粉をまぶして食べるのが一般的です。笹の巻き方は、二枚巻き、三枚巻き、正三角型、筒状など地域によっていろいろです。
地域によって異なる餅 「けいらん」
鹿角地域(旧南部領)に伝わる冠婚葬祭の行事食で、餡の入った餅をお吸い物に入れて供します。お祝いの時は紅白に、仏事の時は白の二つの餅を入れます。鶏の卵に似ていることが語源ですが、卵の形で子孫繁栄を願っています。
仙北市田沢湖生保内地域の「けいらん」は、いわゆるお雛様に備える笹餅のことです。田沢湖地域の中でも生保内に特定されて「けいらん」という呼び名で伝えられています。
それぞれの地域の味、家庭の味
納豆餅
干し柿入り揚げ餅
黒糖おこわ
繭玉(撮影:羽後町)
お正月に、木の枝やわらに餅をつけて神棚に飾る風習があります。繭のように餅を見たてることから、繭玉と呼ばれていますが、かつて「蚕(かいこ)」を飼う農家が多かったことから、絹糸の増産や稲穂にも見たてて米の豊作を祈願してきました。これを田植え時期に食べたり、田植えが終わった「さなぶり」にもお供える地域があります。
千本杵餅つき(横手市山内)
祝い事があるとみんなで細い棒を持ち、餅をついたとされる作り方が残るのは、横手市山内地域です。掛け声を合わせて餅をついた後は、みんなで棒を持ち上げて、そのつき具合を確かめます。できた餅には、きな粉などをまぶしていただきます。
県内各地に伝わる、いろいろな餅。今回紹介したものは一部にすぎず、他に県北地域で食べられる「かまぶく」や由利本荘地域で作られる米菓子の「なんばんこ」、能代地域の「しんこもち」などが挙げられます。
年月を経て、長く深く受け継がれてきた餅文化。地域や家庭の味や技法は、農山村にある魅力そのものであり、工夫やアイディアが加わることで、さらに進化し続けることが可能な食文化なのかもしれませんね。
番外編 伝え残したい米料理
巻き寿司
様々な行事に用いられる料理であり、人が集まる場所には重箱に詰めて持ち寄るなど、今でもそのような習慣が残っています。巻き寿司の模様も作る人の技術によって多種多様です。
朴の葉まま
5月下旬から6月頃、家族・親戚総出で行われた田植えの時期に、大きくなっている朴の葉に、きな粉ご飯を包んでおやつにしたと言われています。
参考文献
- 「あきた郷味風土記」 ~ふるさとあきたの食百選~ 〈発行〉秋田県農山漁村生活研究グループ協議会
- 餅 民俗選書Vol.1〈藤田秀司著〉